娘、電車デビュー!車内は共有スペース、思いやりを大事に
子どもの成長は早い。9月が嵐のように過ぎ去っていき、たった1ヶ月のうちにみるみる大きくなってきた。
いつからか忘れたが、娘も寝返りを打てるようになった。寝返りと打つことがこんなに感動的なことなんてあるだろうか。
それに伴い、うつ伏せになれるようになったため、窒息しないかどうか確認したり、変なものを口に加えていないかどうか確認したり、やることが一気に増えた。でも可愛いから良いのだ。
3ヶ月検診も終えた。不思議なのは、多くの赤ちゃんが泣きわめく中、我が子の泣き声はハッキリと分かるのだ。当たり前のことかもしれないが、僕にとっては自分が父親であることを再確認できる瞬間だった。
さて、そんなこんなで今回は初電車お出掛けの話。自宅周辺を一緒に散歩したり、車で移動することはあったが、電車に乗るのは初めて。妻が前職時代の後輩と会うとのことだったので、一緒に現地まで行くことにした。
その時に感じたことについてまとめた。
子連れの乗車は大変だが、電車は”誰のもの”でもない
初の電車はドキドキだったが、思いの外スムーズだった。行きは特にグズることなく大人しかったが、帰りは少し騒ぎ出したので、娘が言おうとしていることを口に出して代弁して、気を紛らわせてみた。
この日は「なんで二子玉川と二子新地ってこんなに近いの?!プンプン」と言っていたと思う。車内が空いていたこともあり、効果はまずまず。乗車時間が短かったこともあり、何とか持ちこたえてくれた。
これは、僕なりに考えた「電車の中で騒ぐ子どもを楽しませながら、周りの人も不快にならない戦略」だった。ただ騒いでいる子どもに「もうちょっとだからね」「がんばれ」などと声をかけるよりは、何を言っているか分からない子どものクーイングを代弁した方が、同じ空間を共有している電車内の人の不快さは低減されるのではないかと、という考えだ。
もちろん、それでも不快に感じる人は一定数いるとは思う。全員を満足させることは不可能だと思っているが、一緒に乗っていた人で当初不快に感じていた人が、心の中で「その年齢で二子玉川と二子新地の距離が気になるはずがないだろ!」とツッコんでくれていたら、僕の勝ちだ。
子どもの騒ぎ声や泣き声は音としては決して心地よいものではない。音も高く、音量も大きく、リズムも音程も安定しないため、不愉快指数は極めて高いと思う。
電車は共有スペースだ。賃金を支払えば誰でも乗車することができ、誰でも利用できる。だからこそ、同じ空間を赤の他人と共有していることを意識して振る舞うことも必要なのかな、と思っている。
この日はベビーカーが閉まらないタイプだったので、電車が空いている時間に乗車
僕は、以前から娘と電車に乗ることをとても不安に思っていた。それは常に子連れの親VSアンチの戦いに関するニュースを幾度となく見てきたから。もし、変な人に突っ掛かってこられたら嫌だなあ、と。
実際問題、泣いている赤ちゃんが心の底から許せないという人もいれば、必然的に荷物が多くなり邪魔者扱いしてくる人もいる。結婚する前に、子連れに舌打ちをしていた人も見かけたことがある。本当にショックだった。
状況を理解もせずに「荷物が邪魔だ」「ベビーカーを畳め」「静かにしろ」「うるさいから降りろ」「電車に乗るな」などと要求を突きつける人が本当にこの世に存在することに驚きだ。都市伝説だと思っていた。
ただ、だからと言って子連れの親は「子どものため」「子どもがいるから」という言い訳をして、我が家のような使い方をするのも言語道断だ。子連れだからと言って、僕らは1ミリも偉くない。子連れになることを選んだのは、自分自身だから。
泣いても放置するのも、騒いでも無視するのも、少し大きくなってからは走り回ったり、地べたで転がったりするのを見てみぬ振りするのも、許される理由がない。少なくとも僕は、万が一そのような状況に遭遇したら、娘の親としてやるべきことはやるつもりでいる。
電車は僕らの日常生活に欠かせない移動手段であり、”みんなのもの”だ。電車が共有スペースであることを忘れずに、思いやりの心を持って、また近々電車移動の旅を楽しみたいと思う。
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