Apple「官僚がiPhoneのボタン配置を決めるな」――EU規制を痛烈批判、日本法は評価
公正取引委員会主催のフォーラムで語られた「官僚 vs エンジニア」の構図と、スマホ新法の評価
2026年1月30日、公正取引委員会が主催する「第2回デジタル競争グローバルフォーラム」が開催された。パネルディスカッション「原則から実践へ〜未来に適合する競争政策」には、Appleの競争法・規制統括シニア・ディレクターであるショーン・ディロン氏が登壇。GoogleやOpenAIの幹部も同席する中、ディロン氏はEUの規制現状を痛烈に批判しつつ、日本の新法運用に対して独自の期待と注文を投げかけた。
2025年12月18日に全面施行された通称「スマホ新法」(スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律)から約1カ月。規制のフェーズが「ルール作り」から「運用」に移る中、急速に進化するAIへの対応や、先行するEU規制の課題について議論が交わされた。本稿では、ディロン氏の発言を軸に、スマホとAIの未来を巡る攻防をレポートする。
「官僚がデザインを決めるな」――ショーン氏の痛烈な批判
ディロン氏が最も強く主張したのは、競争政策が硬直化することで、当局が製品設計そのものに口を出し始める危険性だ。「競争法が硬直的になると、当局が製品設計に関与し始める。『どこにボタンを置くか』『UIはどうあるべきか』まで政府が規定しようとしている」とディロン氏は語った。
さらに、「エンジニアやプロダクトデザイナーではなく、政府の職員がそれを判断してしまっている。これは競争政策ではなく『官僚主義』だ」と続けた。具体例として挙げたのがEUのデジタル市場法(DMA)だ。「EUのDMAは意図しない結果を招いた。製品リリースが遅れ、セキュリティリスクが高まり、デベロッパーやユーザーに混乱をもたらした」とディロン氏は指摘した。
規制当局は「ガードレール」を設置するべきであって、製品の細部まで指図すべきではない――これがAppleの一貫した主張だ。技術を理解しない官僚が設計判断を下すことへの強い警戒感が、ディロン氏の言葉からは滲み出ていた。
なぜ「日本はマシ」なのか――EUとの決定的な違い
では、日本のスマホ新法はEU規制と何が違うのか。ディロン氏は「日本はEUの経験を慎重に観察し、より『現実的(Pragmatic)』かつ『段階的』なアプローチをとっている」と評価した。さらに、「日本の法律は、セキュリティやプライバシー、子供の安全を守ることを『競争の阻害要因』ではなく『競争の一側面』として認めている点が評価できる」と語った。
Appleによると、日本の新法とEU規制の大きな違いは「イノベーションへの対価」の扱いにあるという。日本はイノベーションには投資が必要であり、開放する際もその対価(課金)を求める権利を認めている。一方、EU当局は企業の価格設定(プライシング)やマネタイズの方法にまで介入しており、本来の消費者保護から逸脱しているとの見方を示している。
実際、日本の新条件に対するデベロッパーの合意(サインナップ)率は、施行から1カ月の日本の方が、2年経過したEUよりも良好な数字が出ているとされる。法律が「合理的」であれば、デベロッパーは自然と従う――日本はそれを証明しつつあるようだ。
公正取引委員会の「エンジニア採用」という歩み寄り
Appleの「官僚は技術を知らない」という批判に対し、日本当局はどう答えたのか。公正取引委員会デジタル市場企画調査室長の池沢大輔氏は、「行政職員だけでは市場の実態を正確に把握するのは難しいと認識している」と率直に語った。その解決策として、「9名の『テクノロジスト(デジタルアナリストやエンジニア)』を採用し、技術的な知見を深めながら実態調査を行っている」と明かした。
こうした日本政府の姿勢に対し、Apple側も一定の評価をしているようだ。Appleによると、政府に対してサイドローディングなどの技術的リスク(ダウンサイド)を説明した際、日本側はそのリスクを理解し、法案の中に適切なセーフガード(保護措置)を盛り込むことに理解を示した。これは対話が機能した例として捉えている。
技術を理解する人材を採用するという日本の取り組みは、Appleが懸念する「官僚主義」への処方箋になり得るのかもしれない。「官僚 vs エンジニア」の構図は、決して対立ではなく、協調であるべきだろう。日本はその第一歩を踏み出したように見える。
「iPhoneをAndroidにするな」――同質化への懸念
規制によってすべてのスマホが同じ仕様になってしまうことへの懸念も、ディロン氏は強く訴えた。「規制当局が『勝者と敗者』を決めてはならない。特定の技術モデル(オープンなAndroid型など)を押し付け、システムを収斂(似通ったものに)させようとすることは避けるべきだ」とディロン氏は語った。
「iOSとAndroidという異なるモデルが存在し、差別化されていることこそが競争であり、消費者の選択肢だ」との主張は、Appleの根幹にある哲学を物語っている。ユーザーは「セキュリティやプライバシー」を重視してiPhoneを選んでいる場合があり、規制によってその選択肢を奪い、すべてのスマホを均質化(コモディティ化)させてはならない――これがAppleの訴えだ。
今後日本でも代替アプリストアが登場するが、AppleのApp Storeと同等のレビュー基準や質が保証されるとは限らない。Appleによると、ユーザーがアプリ外へ誘導(リンクアウト)される際は、そのリスクを認識できるようにする必要があるという。「違い」こそが競争であり、画一化は競争の終焉を意味する――Appleのメッセージは明確だ。
AI規制への警戒――次の戦場はAI
同じパネルに登壇したGoogleアジア太平洋地域法規制政策統括のフェリシティ・デイ氏は「AIはまだまだ発展の初期段階で、その成長を法律で制限すべきではない」と主張し、OpenAIの最高経済政策オフィサーのアダム・コーエン氏は「市場は適切に開かれて、自由な競争が行われるべきだ」と語った。AIなど将来の技術についても、DMAのように理不尽な制限によりユーザー保護を機能できなくすることはないよう、各社が警戒している。
スマホ新法については「ひとまずよいところに着地した」との評価もあるが、今後の大きなテーマとしてAI規制があり、それはどのような法制度の下で運用されるべきなのかという議論が、今後続いていくことになりそうだ。スマホで学んだ教訓が、AI規制にどう活かされるのか。「官僚 vs エンジニア」の攻防は、次のフェーズに入ろうとしている。
「日本は優秀」の真意
Appleが日本のスマホ新法を評価する理由は、単純に「規制が緩いから」ではない。セキュリティやプライバシーを「競争要因」として認め、技術的なリスクを理解した上で法案を設計した点を評価しているのだ。EUが「オープン化こそ正義」という姿勢で突き進んだ結果、ユーザー体験が劣化し、デベロッパーも離れつつあるという現実を目の当たりにしたからこそ、日本の慎重なアプローチが際立って見えるのだろう。
とはいえ、Appleが日本を手放しで称賛しているわけではない。規制そのものには依然として懸念を抱いており、「iPhoneがAndroid化させられる」リスクは常に意識している。日本の法律が「合理的」であるという評価も、あくまで「EUに比べれば」という前提がある。今後の運用次第では、日本も「第二のEU」になりかねないという警戒感が、ディロン氏の言葉の端々から感じられた。
規制とイノベーションのバランスは、永遠のテーマだ。日本の公正取引委員会が技術者を採用し、実態に即した規制を目指す姿勢は、その第一歩かもしれない。Appleが「日本は優秀」と語った背景には、そうした日本の姿勢への期待が込められている気がする。
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