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「あの時の自分を救いたい」9年かけて防犯ブザーを再発明、Yolniに込めた想い

夜道の恐怖体験から始まった開発ストーリー。ベランダで塗装を繰り返した夜、心ない言葉に折れそうになった日々を越えて

Yolni Represetative Okude Erica and Yolni

あの時の自分を、救いたい」——その想いから始まった、9年間の挑戦がある。

Yolni(ヨルニ)は、ただの防犯ブザーではない。音と光で周囲に警戒を促し、緊急時には位置情報を共有し、AIがユーザーの行動データから安全をサポートする、新しいセキュリティデバイスだ。開発したのは、Yolni株式会社代表取締役の奥出氏。彼女自身が夜道で経験した、どうしようもない不安や恐怖。その原体験が、すべての始まりだった。

実は奥出えりか氏は、僕の大学時代の後輩だ。在学中も卒業後も物作りを続けていることは知っていたが、今回満を持してプロダクトをローンチし、クラウドファンディングまで行っていると聞き、話を聞かせてもらうことにした。

クラウドファンディングは公開時点で残り一週間。興味ある人は急いでプロジェクトページをチェックしてほしい!

雑談から始まった、9年間の旅路

物語は2016年、東京・赤坂にあった会員制工房「TechShop」に遡る。「乙女電芸部」というサークルでMaker活動を共にしていた仲間と、「昔から変わっていないものをIoT化したい」という雑談をしていた奥出氏。防犯ブザーが候補に挙がった。子どもの頃から見た目も機能も変わっていないが、スマートフォンと連携して位置情報や通知サービスと一緒に使えたら、もっと意味のあるものになるのではないか——そう考えた。

ちょうどAndroid Experiments OBJECTというコンテストへの応募を勧められ、締め切りまで数日という状況で、ふわふわのファーを取り付けて怖くなったら握って使う「しっぽコール」と名付けた試作品を製作。Googleが主催するコンテストで入選を果たしたことが、本格的に量産にチャレンジする決意を固めるきっかけとなった。

Markezine Shippo Call
『IoTは女性の時代! 電子工作女子 矢島佳澄さんの「しっぽコール」製品化までの道のり』よりキャプチャ

「これは、私たちがやらなければ」という使命感

プロトタイプを手にデモを行うと、特に女性の来場者から「これ、本当に欲しい」「いつ買えますか?」という、熱のこもった声を数多く受けた。それは、この「夜道の不安」が決して個人的な悩みではなく、多くの人が口に出せずにいる、切実な社会課題なのだと確信に変わった瞬間だった。

統計によれば、性犯罪の被害者の約7割が13〜39歳に集中している。一方で、従来の防犯ブザーは子ども向けが中心だ。大人世代に向けた、実用的でデザイン性の高い防犯デバイスは、ほとんど存在しなかった。

「男は性被害に遭わない」という先入観が生む、言い出せない現実

取材の中で、奥出氏が語った事実に僕は本当に驚いた。性被害のターゲット層を性別で限定しない理由の一つとして、特に男性が被害を言いづらいという現状があるという。専門家へのインタビューによると、性被害のうちの男性の割合は非常に少ないと言われているものの、日本の統計で見ると相談できていない人が多い可能性があるという認識が示されている。

とある大学で、主に理工系学生である男性に対してインタビューを行った際、「特に被害に遭ったことはない」と答える学生が多かった。しかし同じ学生たちに紙のアンケートを渡すと、「中学生の時に不審な人に声をかけられた経験がある」といった具体的なエピソードが出てきたという。対面では言いづらいことでも、紙などの媒体であれば書きやすいという実態は、いかにも男性が言い出しづらい、被害を訴えづらいという状況にあることを示唆している。

「男は性被害に遭わない」という先入観で、実際に性被害にあっても言い出せずにいるという人もいる。この事実は、防犯ブザーなど商品は女性や子どもだけではなく、男性にも需要があるということを改めて気付かせてくれた。

「ものづくり」の厳しい現実と、終わりなき問答

しかし奥出氏らの前に立ちはだかったのが、ハードウェアスタートアップにとって最大の難関、「量産の壁」だった。一点物の試作と量産品の間には、想像を超える壁がある。部品選定、基板設計、筐体設計、製造仕様書、工程表、品質管理——すべてが異なる次元の難しさを持っていた。

技術的な問題は、次から次へと発生した。なぜかすぐに電池がなくなる、アプリがクラッシュする。デザインもなかなか決まらず、納得のいく質感を出すために、エアブラシを学んで自宅のベランダで塗装を繰り返した夜もあった。特にデザイン面で心を砕いたのは、誰も褒めてはくれない、けれど使う人が「気にならない」ように作り込む、細部のデザインだった。

時には「日本は治安がいいから、こんなものいらないよ」と心ない言葉を投げかけられることもあった。その度に、統計データや自分たちで実施したインタビューの結果を見返し、「いいや、この日本でも、たくさんの人が声を上げられずに苦しんでいるんだ」と、当事者以外の方にも伝わるようにプレゼン資料を何度も作り直した。

美大卒でもなく、工学部でものづくりを学んだわけでもない。それでも、心の底からものづくりが好きだからこそ、諦めたくなかった。この手で、未来への希望の光を見出したかった。

数えきれない出会いが、支えになった

Yolniは、たった4人の小さなチームだ。しかし、この9年間、決して孤独ではなかった。知識不足を親身になって補ってくれた専門家の方々。インタビュー調査で、「今まで誰にも言えなかったんだけど…」と、辛い過去を打ち明けてくださった方々。そして、会うたびに「販売はまだ?楽しみに待ってるよ!」と声をかけ続けてくれた、たくさんの友人たち。

2023年、東京都が主催するイノベーション支援プログラム「TokyoものづくりMovement 2023」にて最優秀賞を受賞。その社会的意義とデザイン性が高く評価された。コンテストが準備段階から伴走的にサポートしてくれたこと、専門家や経験者との出会いによってネットでは得られないノウハウや知見が得られたことが、開発を進める大きな力になったという。

Monomovetokyo result2023 yolni
未来のものづくりベンチャー発掘コンテスト 最優秀賞及び採択者発表』よりキャプチャ

音と光で「牽制」する、3つのモード

完成したYolniは、「不安時・緊急時・平常時」の3つのモードでユーザーに寄り添う設計となっている。

デバイスを握る、または押すことで音と光を発生させる不安時モードiPhoneとBluetoothで接続し、マナーモードになっていても音が鳴る設計だ。音源は緊急地震速報のような不快な音ではなく、犬の鳴き声や愉快なラテン系の音など、暗い気持ちにさせない楽しい音源も選択できる。

Yolni demo sample 02

より緊急性の高い状況では、デバイスのピンを抜くことで、あらかじめ指定したLINEグループに現在地情報が共有される緊急時モード。ピンを抜いた状態の間、ユーザーの現在地と移動の軌跡が地図上に表示される仕組みだ。グループで共有することで、誰かが見落とす可能性を減らせるほか、「私近くにいるので見に行ってきます」など、協力者とのやり取りも可能になる。

Yolni demo sample 03
予め設定したLINEグループに情報が共有される

Yolni demo sample 05
位置情報も瞬時に共有される

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位置情報も瞬時に共有される

そして平常時モードでは、内蔵された加速度センサーがユーザーの行動や歩行データを取得。このデータに基づき、AIがパーソナライズされたアドバイスを提供する。「この辺りで不安を感じていましたよね」といったフィードバックや、回避策の提案などが想定されている。位置情報は基本的にデータベースには入れず、可能な限り端末内でAI処理や解析を行うことで、高いプライバシー保護を実現している。

Yolni demo sample 08

これは完全に僕自身の持論なのだが、「最大の防御」は「攻撃対象から外されること」、つまりそもそも攻撃されないことだと思っている。Yolniは「何かあった時に助けを呼ぶ」だけではなく、それ以前に攻撃されないよう、「何かしらの被害を受けそうなことを察知して未然に防御してくれる」機能を備えている。これは理に適っているとも言えるだろう。

金属切削とレザー、「毎日持ち歩く」ためのデザイン

従来の防犯グッズが持つ「意識過剰に見られるのでは」というハードルを下げるため、Yolni持っていても恥ずかしくないデザインにこだわった。しかし、それだけではない。現状の防犯ブザーはデザイン性が重視されていないため、危機感が高まった時は我慢して使ったとしても、そのうち嫌になってつけなくなる、もしくはそもそもデザインが理由で使いたくない、という大人のニーズがあった。

奥出氏は、安心のためのツールは「毎日持ち歩くことに意味がある」という考えのもと、デザインにこだわった。本体は金属切削による精緻な仕上げで作られ、ストラップにはレザーを使用。ブランドバッグにつけても違和感のないアクセサリーとして設計されている。

Yolni demo sample 09
ブランドバッグではないが、僕のバックパックでも違和感なし

ファッションや世代を問わず使える豊富なカラーバリエーションを展開しており、質感と耐久性を両立させた。「誰も褒めてはくれない、けれど使う人が『気にならない』ように作り込む」という、自分たちで始めたプロジェクトだからこそ妥協しなかった細部へのこだわりが、随所に表れている。

クラファンで支援相次ぐ、2026年3月に一般販売へ

9月から実施しているクラウドファンディングでは、初日で目標額を達成。支援が相次ぎ、「防犯×デザイン」の新しいアプローチが支持された。機能性はもちろん、日常を彩るアクセサリーとしてのデザイン性もSNS等で話題となり、多くのメディアで取り上げられている。

2026年2月4日〜6日には東京ビッグサイトで開催される「第101回東京インターナショナル・ギフト・ショー春2026」に初出展し、2026年3月頃に一般販売を予定。オンラインでのD2C販売を中心に、ポップアップショップ、委託販売、企業・教育機関との協業など、多様な販売チャネルの拡大を見据えている。

ただし現在、対応機種はiPhoneのみとなっている。これは緊急時APIの利用や、ターゲットとする価格帯のユーザー層を考慮した結果だという。Android対応は今後の展開に期待したいところだ。

Yolniが、今、生まれる理由

Yolni image 3

この9年間で、世界は大きく変わった。女性の権利が再注目され、男性の性被害も広く認知されるようになり、法律も変わった。コロナ禍を経て、私たちは孤独や健康への不安についても、社会全体で向き合うようになった。

物理的な安全だけでなく、心の潤いや、外の世界や人との関わりがいかに大切か。その度に、Yolniを届けたいという想いは、より強く、より大きなものになっていった。

Yolniは、単なる防犯デバイスではない。変化する時代の中で、誰もが自分らしく、心穏やかに、そして時には冒険して人生を楽しめるように。そんな一人ひとりの毎日に寄り添う、小さなパートナーだ。

一般的なハードウェアスタートアップが1〜2年で製品化を目指す中、9年という時間をかけた。資金調達に追われることなく、自分たちのペースでこだわりを追求し、コミュニティに支えられながら、一歩ずつ前に進んできた。「普通のスタートアップには真似できないかもしれない」と奥出氏は語る。確かにそうかもしれない。しかし、だからこそ、このチームにしか作れないプロダクトが生まれた。

夜出歩くのが怖い」という社会の現状を変えるには、テクノロジーだけでなく、人々の意識改革も必要だ。Yolniは、その両方にアプローチしようとする野心的なプロダクトと言えるだろう。

僕自身、2人の娘を持つ親として、現時点では見守れる範囲内では必ず気を付けている。しかしいずれ2人が大人になった際に、自分で自分の安全を確保する必要があることはもちろん、「夜道が怖いから出歩けない」なんて不自由な生活になってほしくないという思いがある。Yolniのような製品が当たり前に存在する世界になれば、そんな不自由さは少しずつ減っていくのかもしれない。

9年間の想いの結晶が、ついに私たちの手に届こうとしている。支援したい人は10月末まで。是非この機会に。

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公開情報
更新日2025年10月23日
執筆者g.O.R.i
コメント(1件)

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  1. Kei(コメントID:706624)

    素晴らしい企画だと思います。Android版があれば、すぐに購入させていただきたいと思いました。私は思春期の子供がいますが、学校がスマホ禁止のためGPSと防犯ブザーを持たせています。しかし年齢的に、常に親に位置を知られることは不快でしょうし、防犯ブザーを鳴らした時に近くに人がいるのか?という心配もあり、現状は不快感を内包しているのに安心できる措置でははありませんでした。このデバイスなら、まさに現状の不安を解消しつつ過度なプライバシー侵害も防げると思いました。
    しかしAndroid版がないとのこと…。
    これも企画開発者様にとっての壁なのかもしれませんが、全世界のスマホユーザーはAndroidの方が多いとのことですので、是非ともAndroid版を販売していただきたく、お願いいたします。
    性犯罪が多いアジア圏の需要が多そうに思いますし、Androidの普及率も高いかと思います。
    Android版の開発をよろしくお願いいたします。

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