【Apple視点で検証】スマホ新法ガイドライン、知財保護明文化も”曖昧表現の余白”が残る
知財・手数料で防御ライン確保するも「個別具体的判断」「合理的範囲」の解釈余地でGoogleに反撃の芽
公正取引委員会が7月29日、スマートフォン競争促進法の関係政令等を正式に決定したと発表した。この法律は2025年12月18日に全面施行され、AppleやGoogleといった大手プラットフォーム事業者の事業活動に大きな影響を与える見込みだ。
✅ Appleの声は届いた?パブコメ反映度をチェック
まず結論から言うと、Appleの主要な懸念は部分的に反映されたと評価できる。公正取引委員会は5月15日から6月13日まで意見募集を実施し、105件の意見が寄せられた。その中でもAppleの意見書は特に詳細で、同社の懸念が今回の最終ガイドラインにどう反映されたかを見ることで、日本政府の姿勢が読み取れる。
Appleの主要な要求に対する反映状況を整理すると以下の通りだ:
- 🟢 知的財産権保護:大幅対応 – 権利行使の正当性を明記
- 🟢 手数料の正当性:概ね対応 – 技術価値を反映した手数料を認める
- 🟡 正当化事由の拡大:部分対応 – 犯罪防止の範囲を具体化
- 🟡 OS機能アクセス制限:限定対応 – セキュリティ配慮は認めるも制限は維持
- 🟡 開示義務の範囲:部分配慮 – セキュリティ情報の保護に一定配慮
総じて言えば、AppleとGoogleの意見は「聞き置く程度」ではなく、実際に最終ガイドラインに反映されている。特に知的財産権や手数料に関する懸念への対応は評価できるレベルだ。
スマートフォン市場の「ゲートキーパー」への規制
法律の話は基本的に我々一般人にとって小難しい。ここで一旦、「スマホ新法」についておさらいしておこう。
この法律の正式名称は「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」。要するに、スマートフォン市場で強力な影響力を持つ事業者に対して、競争を促進するためのルールを定めたものだ。
規制対象となるのは4つの分野のソフトウェアを提供する事業者である。基本動作ソフトウェア(OS)、アプリストア、ブラウザ、検索エンジンだ。事業規模が一定基準以上の事業者が「指定事業者」として規制を受けることになる。
現実的には、iOSとApp StoreのApple、AndroidとGoogle PlayのGoogle、そしてSafariやGoogle検索といったサービスが主な対象となる。これらの企業は今後、これまでの事業慣行を大幅に見直す必要がある。
🍎 Appleが最も勝ち取った「知的財産権の盾」
パブリックコメント(略して”パブコメ”)でAppleが最も力を入れて主張したのが知的財産権保護だった。これは極めて戦略的な要求で、Appleにとって大きな勝利と言える。同社は「サードパーティによる知的財産として保護された技術へのフリーライドを防止するための措置を講じることが認められるべき」として、無償でのOS機能提供を求める指針の文言削除を要求した。
結果:Appleの圧勝。最終ガイドラインでは「知的財産権の権利行使と認められる場合には、法第5条から第9条までに違反しないと判断する」と明記された。これは実質的に、Appleが独自技術を武器にサードパーティのアクセスを制限する権利を認めたものだ。
「ある技術に権利を有する者が、①他の者に当該技術を利用させないようにする行為、②他の者に当該技術を利用できる範囲を限定して許諾する行為及び③他の者に当該技術の利用を許諾する際に相手方が行う活動に制限を課す行為」について、「当該行為が知的財産権の権利行使と認められる場合には、法第5条から第9条までに違反しないと判断することとなる」と明文化
ただし、「知的財産権の権利行使と認められる場合」という表現は曖昧さを残している。将来的に公正取引委員会がこの基準をどう解釈するかによって、Appleの立場は変わる可能性もある。
さらに手数料についても「指定事業者が個別アプリ事業者等に提供するツール、技術、サービスの価値を反映した手数料等の金銭的負担となっているかどうかを当委員会が考慮する」と明文化された。App Storeの30%手数料が技術価値の対価として正当化される道筋が示された形だが、「価値を反映した手数料」の具体的な判断基準は明示されておらず、今後の解釈次第では厳しい査定を受けるリスクも残る。
🔒 セキュリティ vs オープン化:Appleの巧妙な防御
一方で、Appleが求めたOS機能の同等アクセス制限については限定的な対応にとどまった。同社は深いレベルのユーザー端末アクセスの無制限許可に反対し、用途別制限の明確化を求めていた。特に注目すべきは、同社が「Exposure Notification」フレームワークを例に挙げ、COVID-19追跡に使用する技術を出会い系アプリが流用することの禁止を求めたことだ。
結果:Appleの部分勝利。最終ガイドラインでは「サイバーセキュリティ確保等のために必要な行為は、他の手段で目的達成が困難な時は法違反にならない」と明記された。また、正当化事由として多要素認証に係る認証情報の保護も明記されるなど、Appleの懸念が反映された。
• スマートフォン端末に保存されたデータ(業務上機密文書、位置情報履歴、多要素認証に係る認証情報)への不正アクセス防止
• 政府機関等が提供する個別ソフトウェアによりスマートフォンに保存される機微な情報の悪用防止
• 犯罪行為の防止(「刑事罰の対象となる様々な行為」の未然防止と具体化)
ただし、用途別制限については「個別具体的な事情を踏まえて正当化事由の観点から検討」との記載に留まっている。この「個別具体的な事情を踏まえて判断」という表現も、予見可能性の観点では課題を残している。
🤝 Googleの「公平性」要求は両刃の剣
Googleが強く求めた比例原則と利用者の利便性確保についても、部分的に反映された。同社は「利用者の利便性を正当な理由による例外として含めるべき」と主張していた。
結果:Google の限定的勝利。最終ガイドラインでは基本的考え方に「特定ソフトウェアに係る市場における公正かつ自由な競争の確保とスマートフォンの利用者における利便性や安全・安心の確保の両立を図ることが重要」と明記された。
リンクアウト時のポップアップ表示について、「中立的な表現で行うポップアップ等は含まない」と明記。米国裁判所で問題視された「scare screen(脅迫的な警告画面)」の使用を事実上禁止し、より公正な競争環境を確保
ただし、Googleの「特定の指定事業者をより競争上不利な立場に置くべきではない」という要求は、表面的には公平に見えるが、実際にはAppleの差別化要素を無力化しようとする戦略の側面もある。
🏆 隠れた勝者:コンテンツ事業者とゲーム業界
今回のパブリックコメントで興味深いのは、コンテンツ事業者やゲーム業界からの具体的な要求が反映されたことだ。特に以下の点が注目される:
• オフラインプロモーション保護:書籍・玩具のバーコード、イベント来場者特典のシリアルコード経由でのアイテム配布を制限することを「不公正な取扱い」として明記
• 価格同等性条件の規制:代替アプリストアやウェブサイトでの価格制限を不公正として位置付け
• アプリランキングの透明性:「特段の事情がないにもかかわらず」実態と異なる表示を禁止
この変更により、ゲーム業界が長年求めてきたマルチプラットフォーム戦略の自由度が大幅に向上する可能性がある。特に、リアルイベントと連動したデジタルコンテンツ配布の自由化は、日本のコンテンツ産業にとって大きなメリットとなる。
📊 Apple vs Google:勝者はどちらか?
今回のパブリックコメント結果を総合的に評価すると、Appleの方がより多くの要求を通すことに成功したと言える。
Appleの勝利ポイント
- 知的財産権の「盾」を確立
- 手数料の正当性が技術価値で評価される仕組みを確保
- セキュリティを理由とした制限の余地を残した
- 多要素認証など具体的なセキュリティ懸念への配慮を獲得
Googleの限定的な成果
- 比例原則と公平性の言葉は盛り込まれたが、実質的な制限緩和は限定的
- 利用者の利便性への配慮は明記されたが、広告ビジネス保護には直結しない
- リンクアウト規制で「中立的な表現」要求を獲得
特に重要なのは、Googleが暗に求めていた「データ共有の拡大」や「プライバシー規制の緩和」といった要素は、最終ガイドラインには反映されなかったことだ。これはAppleのプライバシーファースト戦略にとって大きな勝利と言える。
🔮 2025年12月18日、真の勝負が始まる
この法律により、日本のスマートフォン市場は確実に変わる。代替アプリストアの提供許可、OS機能の同等アクセス確保、代替決済手段の利用許可など、これまで制限されていた競争が促進される。
• 2025年12月18日:法律全面施行
• 施行前:指定事業者による届出と体制整備
• 施行後:年次遵守報告書の提出義務
• 継続:公正取引委員会による日常的な対話と監視
しかし、今回のガイドライン策定過程で明らかになったのは、Appleが単なる「規制される側」ではなく、巧妙な政策対話を通じて自社の利益を守る能力を持っていることだ。知的財産権保護の明文化や技術価値に基づく手数料正当化の仕組み確保など、同社は規制の中でも競争優位性を維持する道筋を確保した。
一方で、今回のガイドラインの多くの規定が「個別具体的な事情を踏まえて判断」「合理的な範囲」「必要かつ十分な対応」といった曖昧な表現で記載されていることも事実だ。これらの表現は、現時点ではAppleに有利に解釈される可能性が高いが、将来的な法執行の場面では公正取引委員会の裁量によって解釈が変わるリスクを含んでいる。
公正取引委員会としても、AppleとGoogleの両方に配慮しつつ、将来の技術発展や市場変化に対応できる柔軟性を確保する必要があったため、意図的に解釈の余地を残した側面もあるだろう。実際、指針では「新たな技術やサービスが次々と出現し、今後新たな課題が生じていくことも考えられることから、特定ソフトウェアに係る市場や事業活動の変化等を踏まえつつ、必要に応じて、本指針を随時見直していく」と明記されている。
法施行まで約5カ月。AppleとGoogleがどのような実装戦略を取るかによって、この法律の真の勝者が決まる。現時点ではAppleの方がより有利なポジションに立っているが、曖昧な規定の解釈次第では、将来的に状況が変わる可能性も十分にある。両社にとって重要なのは、ガイドラインの「行間」を読み取り、長期的な競争優位性を確保できる戦略を構築することだろう。
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