亡くなったおじいちゃんが僕に与えてくれた最期のプレゼント

おじいちゃん

出会いと別れとはよく耳にするが、永遠の別れは初めてだった。

2012年10月2日火曜日、僕は父方の祖父を亡くした。84歳だった。入院していた病院で静かに息を引き取ったようだ。

僕のおじいちゃんはものすごくタフだ。僕が高校生だった頃、家の近くの道を渡ろうとしたところ、スピードを出しすぎていた原付に跳ねられ数メートル飛ばされた。俗にいう肥満体型である親父がこれまで見たことのないスピードで駆けつけたことも印象的だったが、それ以上に忘れられないのはその時のおじいちゃん。かなりの距離を飛ばされたものの、結局ただの打撲で済んだ。入院もせず、ケロッと帰ってきた。

おじいちゃんはいつも遅くまで働いている僕に「身体が第一だからね」と言っていた。さすがに言うだけあって、おじいちゃんの身体は本当に丈夫だなあと、その時思った。

だから、9月の上旬におじいちゃんが喉に物を詰まらせて救急車で運ばれた、という報告を受けた時はそれほど驚かなかった。緊急だっただけですぐにいつも通りになるだろう、と。

その後、しばらくしておじいちゃんの体調について聞いたところ、まだ入院していると言われて驚いた。あれほど元気だったおじいちゃんがまだ入院していることが想像できなかった。そしてじっとしてられないことに定評のあるおじいちゃんなので、お見舞いに行くことにした。

9月16日の日曜日、戸塚記念病院に向かった。そこで会ったおじいちゃんはかつてのような活き活きとした姿はなく、チューブだらけでやせ細った姿だった。右耳も難聴であまり聞こえず、声も出なかった。

僕は、おじいちゃんの大きな手を握りながらいっぱい話した。何を話したか覚えていないが、とにかく孫である僕と弟をいつも可愛がってくれていたので、思いつく限りいっぱい話した。

僕はおじいちゃんの生命力を信じていた。大変そうだけど、おじいちゃんならきっとまた回復するだろう、と。

ところが状態は急変。どうやら肝臓の機能がかなり弱っていたという報告を受け、10月1日の月曜日に有給を取り、再度お見舞いに行った。

その時のおじいちゃんは以前とはそれほど見た目は変わらないものの、意識がなく、いくら話しかけても反応がなかった。少し呼吸が辛そうだった。両手がかなり浮腫んでいて、ただでさえ大きく分厚い手がさらに一回り大きくなっていた。

お医者さんに話を聞いたところ、心拍数が下がってきているのと血中酸素濃度が下がってきていることを報告された。もうあまり長くないかもしれない、と思いつつも、僕の知っているおじいちゃんはここからでも回復する、と信じている自分がいた。

でも、やっぱり家族が寝たきりで苦しんでいる姿を見るのはとても辛い。思わず帰り際に涙しそうになったが、既に泣いているおばあちゃんを見てもう少し我慢しようと思った。だって、僕はおじいちゃんが回復すると信じていたから。

10月2日の火曜日、14時前頃。母親から電話があった。1時間ほど前におじいちゃんが亡くなった、と。

僕は前の日に会いに行けて本当に良かったと思った。反応は無かったが、きっとおじいちゃんは僕の声が聞こえていたと思う。僕に会えて安心して息を引き取ったのでないかと、とある後輩に言われたが、本当にそうだったのかもしれない。おじいちゃん、待っててくれてありがとう。

同時に、おじいちゃんの死は僕への最期のプレゼントだった。

少し話が変わるが、僕はここ2ヶ月仕事において人生の岐路に立たされていた。自分が担当していた案件に注力するために会社化する、という話が出ていた。僕は毎日自分の将来について必死に考え、悩み、結果的にチャレンジすることを決断をした。ところが、ある日突然急に会社化の話がなくなった。さらに案件そのものがなくなった。その過程で愛する後輩を失った。追い打ちをかけるように会社に対しての敬意が感じられないと言われ、会社化できなかったのは自分たちのせいだと責め立てられた。

僕はかなり精神的に病んでいた。連日泣き続け、吐き続け、頭痛と胃痛で苦しんでいた。

そんな中、おじいちゃんが亡くなった。

「身体が第一だよ」と言うおじいちゃんは、本気を出せばもっともっと長生きできたはず。回復して普段の生活に戻ることだってできたはず。でも、あえてこのタイミングで息を引き取って僕に少し身体を休ませてくれたんだと思っている。おじいちゃん、ありがとう。

僕の会社には、幸いなことに忌引休暇がある。よって、次会社に向かうのは来週の木曜日だ。身体を第一に、この休みは少しゆっくり自分のことと将来のことを考える時間に充てたいと思う。

おじいちゃんは僕の父親の父親。当然、おじいちゃんがいなければ僕も生まれていない。84年間、本当にお疲れ様でした。

そういえば、おじいちゃんは掃除することが大好きだった。きっと天国に行っても、毎日掃除しているんだろうな。

おじいちゃん、ありがとう。元気でね。

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